Kの謎解き
雨の日の公園にて

中学生の傘に入れてもらう高校生。
これが休日のことなら気にしない。しかし今日は平日の午後。すなわち下校中である。当然のことながら制服を着ており、すれ違う人からすれば、それが中学生と高校生のペアであることは一目瞭然だった。
「手、疲れるでしょ」片塰叶夏は声に優しさを込める。「そろそろ私が持った方がいいんじゃない?」
「いえいえ」三原楓は強く否定した。「傘の一本で疲れるほど、貧弱じゃありませんから」
なぜこういうところで意固地になる。それともわざとなのか。
仮に、二人が姉妹に見えたとしよう。だとしても、片塰は妹に傘を持たせている嫌な姉に映るだけで、印象が悪いのは変わらない。もとはといえば、朝は晴れていたというだけで天気予報を見ずに、一日中晴れだと決め込んだ自分に非があるのだが。
せめて少しでも早く帰れるように、もう余計なことは言わないでおこうと決めて片塰は口を閉ざした。傘の下から見える雨の景色は、どことなく灰色を連想させる。それは雲の色。ただし、視界に雲はない。見上げても、三原の傘が空を塞いでいるからだ。にもかかわらず灰色が浮かぶのは、単に曇り空の色だという知識からか、それとも今の気持ちの色なのか。それは定かではないし、定める必要はないと思う。
「あっ……」偶然目に入ったそれに、思わず声を上げてしまう。
「どうしました?」同じ傘に入っている三原にも当然その声は聞こえたようで、何事かと尋ねてきた。
「あそこ、傘」片塰は指差す。
そこは公園の休憩スペース。小さいけれど木製のベンチとテーブルが、これまた小さい屋根の下に設けられている。そのベンチの裏の地面に、黄色い傘が置かれていた。もしくは、落ちていた。
「忘れ物ですかね」
「行ってみましょう」片塰は提案した。あわよくば、その傘を使って、否、借りて帰ることができるのではないか。しかし、そんな腹案はおくびにも出さず、「誰かの落とし物かもしれないし、ベンチの上とか、分かりやすい場所に移動させた方がいいわ」と、いかにもな理由をつける。
「高そうですしね」
言われてみれば、確かに高そうだ。あれがビニール傘だったなら、片塰の提案は不自然に感じられただろう。しかし、灰色の景色に映える傘の黄色は、どうにも放っておけない雰囲気を醸し出していた。同じ捨て犬でも雨空のもとにさらされている方が可哀そうに思えるのと同じだろうか。もちろん、あれは犬ではなく傘だ。生命もなければ感情もない道具。
粒径の小さい砂を交えて濁った水たまりを避けつつ、公園の中を進む。ベンチとテーブルが据えられている地面はコンクリート舗装されて一段高くなっていたので、幸いにも傘は濡れているだけで汚れてはいなかった。
二人は屋根の下へ移動。三原は傘を畳んだ。
片塰はさっそく拾い上げてみる。横になっていた傘を縦にすると、先端から水滴がぽつぽつと落ちてきた。辺りを見回す。しかし公園には他に誰もいない。
「おかしいわね」
「何がですか?」
「この傘、濡れてるわ」
「濡れてますね」三原の視線は片塰の足元へ。そこには黄色い傘がコンクリートに作った水玉模様。「濡れてたら、何かおかしいんですか?」
「傘をさしてここまで来て、傘をささずにここから出て行ったってこと」
「あぁ、ホントだ。おかしいですね」
午後に降り始めてから、ほんのひと時も雨が止んだタイミングなどなかったはずだ。それにしても、肩透かしとなってしまった。これが濡れておらず、いかにも数日間放置されたような傘だったならば、罪悪感をほとんど抱くことなく、有り難く使わせてもらえただろう。しかし、明らかに数時間前まで誰かが使っていた痕跡のある傘だ。これを使うのは、コンビニの傘立てから他人の傘を抜いて帰るのと同じ行為ではないだろうか。
片塰は、黄色いその傘をもとのコンクリートの地面の上に戻した。傘が濡れている以上、木製であるベンチやテーブルには触れさせない方が賢明だろう。
「じゃ、帰りましょうか」と言っても、三原が傘を広げるまで片塰は屋根の下から出れないのだが。
しかし彼女は傘を広げようとしなかった。代わりに「えっ、わかったんですか?」と、こちらを見上げる。
「わかったって、何が?」
「どうして傘の持ち主がいなくなったのかです」
「え?」
「え?」
二人は顔を見合わせる。
「だって気になりますよね?」三原が口を開く。「傘があるのに、持ち主はそれを置いて帰ったんですよ。びしょ濡れですよ」
気になりますよね、と問われれば、気にはなる。
「びしょ濡れじゃないと思うけど。濡れた時点で傘を忘れてることに気づくだろうし。まあ、何か理由があったんでしょうね」
「何かじゃダメです。叶夏ちゃんが傘の謎を解くまで、あたしは傘をさしません」
二択に追い込まれてしまった。傘の謎を解いて、彼女の傘に入れてもらうか、謎を放棄して、雨に打たれながら一人で帰宅するか。いや、もう一つ選択肢はある。降り止むまでここにいるか。二択だろうが三択だろうが、いずれにしても最善の選択肢は一つだった。
「わかったわよ」渋々頷く。「解けばいいんでしょ。解けば」
謎を解いてくれるはずだと、信頼されているのだ。そう思うことで、ひとまず不満は抑えよう。とりあえず、テーブルとベンチの周りをぐるりと一周歩いてみる。
地面がコンクリートなのは屋根の下のみであり、一歩出ればぬかるんだ土。やはり、足跡が残っていた。つま先が出入り口の方に向いているのは、ざっと見て二つだけ。そのどちらかの足跡が傘の持ち主のものだろう。雨の日に公園に来るような人はそもそも少ない。二つもある方が驚きだった。
片塰は片手を顎に持っていき、あれこれと思考を巡らせている風を装う。
別に、真相を暴く必要はないのだ。それらしい理由をつけて、三原を納得させれば濡れずに帰れる。そう考えている自分に気づいて、思わず頭を抱えた。まったく、余計なことをしてしまった。彼女との相合傘が恥ずかしくて、黄色い傘を見つけた公園に入ったというのに、そのせいで相合傘さえ恋しい事態となってしまっている。
何にしても、足跡が二つあったのは幸運だった。おかげで堂々と「解けたわ」と宣言することが出来た。一つだけなら無理だった。
「えっ、もうわかったんですか?」
「まあね。わかれば意外と簡単よ」説明した後素直に納得してくれるよう、期待を煽る。「ほら、足跡があるでしょ」しゃがみこんで指差すと、三原も同じように横にしゃがみこんだ。「これと、あれ。二人分」
「あっちにもありますけど」
「それは私たちのでしょ。こっちの小さい方は、女の人ね。それで、もう一つは男の人」もちろん、足跡の大きさだけで性別を断定できるスキルなど片塰は持ち合わせていない。全ては三原を納得させるためのおべんちゃら。「要するに、男女がここで待ち合わせしてたのよ。さて、待ち合わせをするような男女。どんな関係でしょうか?」
なんて、三原に問いかける。一から全部解説するよりは、少しでも彼女自身で解いてもらった方が、それが真実だと思い込ませやすい。自分が作るのを手伝った料理は美味しく感じるようなものだ。
「待ち合わせする男女……。やっぱり、カップルじゃないですか?」
「ええ、そうでしょうね」と首肯するも、ただのこじつけに過ぎない。「待ち合わせとなると、当然、どちらかが先に来る。黄色い傘なら、きっと女性の方ね。傘の持ち主の女の人は、彼氏をここで待ってたの。そこで閃いた」
「な、何をです?」期待のこもった三原の眼差しが片塰に注がれる。
「私が傘を持っていなければ相合傘ができる、ってね」
「あっ!」どうやら仮初めの真相を、三原は理解してくれたらしい。「それで、自分の傘をベンチの裏に隠したんですね」
「そう。わざと雨に打たれるぐらいのことはしたかもしれないわね。と、いうわけで――」片塰は立ち上がって改めて、体を公園の出入り口の方へ向ける。「帰りましょうか」
「はい!」三原も立ち上がると、傘を広げて屋根から出る。片塰も、その下に入る。
黙々と、正面だけを見つめて歩を進める。余計なことは言わないし、ベンチを振り向いたりもしない。公園を出てしばらくは、ずっとそうしていた。
なぜなら、黄色い傘は、出入り口からでも十分に目立っているからだ。


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