Kの謎解き
鍵わける
こんくらい誕生日より後の話です。

「玄関の前であたふたしちゃいましたよぅ」
あたふたという言葉が似合う人を、三原楓以外に知らない。
「どうせ、家の鍵を失くしたとかでしょ?」片塰叶夏は諭すように言う。「誰が拾うかわからないんだから、気をつけなさいよ」
「いやいや、あたし、そんなドジしませんって」三原は片手を振って否定する。「鍵は持ってたんです。でも、どの鍵を開ければいいのかわからなくて」
「どの鍵?」
「ほら、あたしの家って鍵穴が二つあるタイプの玄関じゃないですか」
「『ないですか』って言われても、行ったことないから知らないけど」
「二つあるタイプなんです!」何故かむきになっている三原。
「うん、わかったわかった」片塰はとりあえず頷いておいた。「二つあるから、どれを開ければいいのかわからなかったっていう話ね」
「ていう話です」三原も頷く。
黙々と坂を下る。ようやく平坦な道へ出ると、やはり三原が食い下がった。
「もう! もっと興味持ってくださいよ!」
「だって、完結してるじゃない」
「してませんって! どうしてどっちの鍵を開ければいいのかわからなかったのか、気にならないんですか?」
「それはあなたが……」
片塰が言葉を選んでる間に、三原が勝手に説明を始めてしまった。
「いつもは上の鍵だけ締めるんです。面倒くさいんで」
「二つある意味ないじゃない」
「で、いつもみたいに上を開けたんですよ」指摘を無視して三原は続ける。「そしたらまだ開かなくって。それで下の鍵も締まってるんだと思ってそっちも開けてみたんですよ。なのに――」
「まだ開かなかった」
「わっ、さすが叶夏ちゃん。もうわかっちゃいました?」
「下の鍵だけかかってたんでしょ」
「正解! あたしなんて混乱してガチャガチャしちゃいましたよ」
抜いたり差したり、回したり戻したりしている三原の姿が目に浮かぶ。
「回す方向でわかりそうだけど」
「わかりませんって。右に回せなかったら左に。左に回せなかったら右に。それだけですよ。では叶夏ちゃん」たったっと駆けて片塰の前に出た三原は振り返って問うた。「どうして下だけ締まってたか、わかりますか?」
「どうしてって……、そうね……」突然の問に片塰は片手を顎に当てて視線を下げる。一定の間隔で歩みを進める自分の足を見ていると、何か閃きそうな気がした。「普段は上の鍵だけかけるって言ってたわよね。面倒だからって理由はともかく、一つだけかけるなら、確かに上だと思うわ。だから下の鍵だけをかけてるという状況は稀ということ。もし、強盗が鍵をこじ開けようとしたとき、上の鍵から取り掛かると思う。それで開かなければ下もこじ開ける」鍵を回すジェスチャーをする。現在の片塰は話しながら考えている状態だ。「もし初めに下の鍵だけがかかってた場合、これで上の鍵だけかかってる状態になるわ」
「うん?」三原が首を傾げる。「どうしてですか?」
「だから、強盗は開いてると思って上の鍵を回す。これで上下ともに鍵がかかる。でもそれを知らずに次は下の鍵を回すから、下だけが開く。ほら、上の鍵だけがかかってるでしょ」
「おお、なるほどです」
「それで強盗は手詰まりになる、とまではいかなくても、時間稼ぎにはなるでしょうから、盗みに入るリスクは高められるわよね。要するに、防犯のために下の鍵だけをかけた」
片塰が説明を終えると同時に「違います」と三原が一言。
「え?」
「全然違います。意味がわかりません」
「いや、意味がわからないことはないと思うけど」
「強盗の人も、回す方向で開いたか閉じたかくらいわかりますって」
「あなたはわからなかったのに?」
「見ます?」
「何を?」
「あたしのマンションの玄関に決まってるじゃないですか。叶夏ちゃんなら、見たら一発で答がわかりますよ、絶対」
「視覚的な問題なの?」
「とにかく見に来ればいいじゃないですか。どうせあたしの話だけじゃわかりにくかったですよね」
「でも、絶対に解けないわけじゃないでしょ?」
「そりゃあ、絶対ではないですけど……」
「じゃあ、家に帰ってゆっくり考えるわ。明日には答を出すから」
「もう、勝手にしてください!」叫んだ三原は走り出す。
あっという間に距離が開き、片塰は一人で帰宅した。

悔しいけれど、わからなかった。
というわけで、片塰は三原が住むマンションの前にいた。寄り道などをしていなければ彼女は三時間ほど前には帰宅しているはずだ。
しかし彼女の部屋まで行く必要はない。
玄関などどの部屋でも同じなのだから、手近な一階のものを見て、さっさと帰ればよいのだ。
そう思ってエントランスに入った瞬間。集合ポストの物陰から飛び出してきた誰かに腕を掴まれた。
驚きすぎて声も出せなかった片塰の横には、にやにやした三原がいた。
「やっぱり来ましたね」嬉しそうに彼女は言う。「待ちくたびれましたよ」
「えっと……」気まずくて片塰は彼女から顔を背ける。
「玄関を見に来たんですよね」三原は掴んでいた片塰の腕を離し、代わりに手首を掴み直した。「さあ、レッツゴーです!」
彼女に引っ張られるままに、片塰はエレベーターに乗り込んでいた。
「あたしの家は九階ですよ」と教えてくれたが、乗ってすぐに三原が九階のボタンを押した時点でそれはわかっていた。「高すぎて腰抜かすかもですよ」
現代において九階はそれほど高い部類ではないだろう。そう思っていたのだが、エレベーターを降りて視界に飛び込んできた景色に、片塰は想像以上の高さを感じさせられた。腰を抜かすほどではなかったが。周囲に他の高い建物がないからだろう。有名なのっぽの木だって、ジャングルに行けばそれ以上に高い木はたくさんある。それと同じだ。
未だに掴まれたままの手首を引っ張られ、九〇七号室前にいた。表札には〈三原〉。
「さあ、これが見たかったんですよね」そう言って三原は自宅の玄関ノブを強調した。
key
アーチ状のつかみ。その上と下に鍵穴が一つずつ。
「なるほどね……」片塰の口角が自然と上がる。
「えっ、もうわかっちゃったんですか?」
「鍵をかけた人の――」
「わっ! ちょっと、ちょっと待ってください!」三原は両手を広げて片塰の口を止めさせた。「立ち話もあれですし、中で話しましょうよ」
「別に長い話じゃないし、ここでいいわよ。早く答え合わせをしましょうよ。鍵をかけた人の――」
「いやいや! 長くても短くても、中に入りましょうよ」三原は玄関を開けて片塰を強引に連れ込んだ。「せっかくここまで来たんですから」
片塰の身体が玄関枠を超えた瞬間。
破裂音。
数秒遅れてそれがクラッカーの音だと気づく。
「え?」驚いたが今度は声が出た。「何?」
「さあ」と三原が声を張る。「お待ちかねの答え合わせです!」
確かにお待ちかねではある。
「あぁ、うん。じゃあ、言うけど、下の鍵だけがかかってた理由よね。鍵をかけた人の手が上まで届かなかったからでしょ? 背が低い、例えば子供が鍵をしたとか」
「さすが、正解です! じゃああたしの番ですね」にこにこと三原は言った。「叶夏ちゃんの誕生日は、9月19日ですね?」
なるほど。あのときの答え合わせも兼ねているということか。
片塰は頷く。
今日が誕生日だから。
そして提案する。
「もう一つ答え合わせをしましょう」
「もう一つ?」
「あの上の鍵に手が届かないなんて、よっぽど背の低い人よ。でも、話したがりのあなたからそんな人の存在は聞いたことがない」微笑する三原に確信を得ながら片塰は続けた。「下の鍵だけかかってたって話は嘘というか、ちょっとしたクイズだったんでしょ? 私をあなたの家まで来させるための」
「あっはっは」三原が軽快に笑い飛ばす。「だって叶夏ちゃん、普通に誘っても絶対来ませんし、誕生日だからって言ったらサプライズになりませんし。だからこのマンションに来たくなるようななぞなぞを出したんです」
「でも鍵だけ見て帰るかもしれないから、下で待ち伏せしてたのね?」
「ですです」
彼女のサプライズは成功している。今日が誕生日ですねと言われるまで、片塰には彼女の真意はつかめなかったのだから。
しかし、一番のサプライズは、三原が自力でここまで計画したということだ。
だから礼を言う。
「ありがとう」


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