Kの謎解き
かくして貯金箱

「ねえねえ、聞いてよー」
馴れ馴れしく話しかけてきたのはクラスメイトの皆森千春。彼女が馴れ馴れしいのは常なので、三原楓は「聞く聞くー」と、さも興味津々であるかのように返事をするのだった。
その態度が好意的に見られているのか、皆森に限らず、三原は愚痴やのろけ話、悩み事を相談されることが多い。
「小学校のさ、何年だったかなぁ、低学年じゃなかったはずだから、四年生くらいかな。それくらいからちまちま貯めてた貯金箱があるんだけど」
「うんうん」この無意識の相槌が皆森の口を滑らかにする。
「毎週日曜の夜にね、財布の中に五百円玉があったら、それを貯金箱にいれてたの。意外でしょ?」
確かに、皆森の言動から貯金という言葉を連想するのは難しい。「うん。意外。意外や意外の超意外」と思ったままのことをやや大げさにして口にすると、皆森は嬉しそうに話を続けた。
このオーバーリアクションも三原が話し相手に選ばれる一因かもしれない。
「でしょぉ。でもでも、貯めてたお金が消えちゃったんだよねー」
凄くあっさりだったが、とんでもないことを言われた気がする。
「消えた?」三原はきき返す。
「そうそう、中身がさ、空になったみたいでさ、振っても全然音がしないし、もしかしていっぱいになったのかな、と思って隙間から中を覗いてみたんだけど、五百円玉は見えなかったんだよねー」
「隙間から? 開けてみればいいのに」
「それができないやつなんだよ。一度入れたら割らないと出せないやつでさ」
「えっ? 割らないと出せないのに、中身がなくなってるっておかしくない?」
「だから変だなーと思って」
「重さが変わったりは?」
「それがさぁ、あれ、何だっけ? 焼き物の貯金箱だからさ」
「焼き物?」
「なんか、ずっしりした、高級な皿みたいなやつ?」皿を掴むようなジェスチャーとともに首を傾げる皆森だが、三原も同じく首を傾げるのみで、彼女が貯金箱の何をアピールしているのか見当もつかなかった。「とにかく、もともと重たい貯金箱だったから、重さが変わったかなんてわかんないの。日曜日しか触らないし」
「うーん……」これはあの女子高生に相談してみてもいいかもしれないな、と三原は考えていた。
「まあ、どうせまた弟が何かしただけだろうけど」
そこでちょうど授業開始を告げるチャイムが鳴り、皆森は自席へと帰るのだった。
もしかして、今まで聞かされた話は、弟への愚痴だったのだろうか。



「ね? ね? 不思議ですよね。割らないとお金を出せない貯金箱なのに、中身だけなくなったんですよ! わあ不思議ですねえ。ほら、叶夏ちゃんも不思議だと思いましたよね? これで全く不思議を感じないほど、叶夏ちゃんは枯れた人間じゃないですもんね?」
放課後。高校の校門の前で臆することなく仁王立ちしていた女子中学生は、出てきた片塰叶夏の顔を見るなり、今日聞いたばかりだという彼女のクラスメイトの貯金箱事情を情緒や抑揚をふんだんに盛り付けて語ったのち、不思議を強要してきた。
「まあ、不思議じゃなくもないけど」
「ほら不思議!」
「あなたが言った通り、本当に中の硬貨がなくなってたのなら、不思議以外の何物でもないけど……」
「けど、何です?」
「中身がなくなったと思ったのは、結局、振っても音がしなかったからでしょう?」
「重さはわからないって言ってましたけど、でも、隙間から覗いても五百円玉は見えなかったって――」
「中身の見えない貯金箱の唯一の隙間に目を当てて覗いたんでしょ? 光の入り口がなくなるんだから、暗くて当然じゃない?」
「あっ……」
「だから、中身はあるけど、振っても動かない状態になってるって可能性がある」
「おお!」三原が声を上げてから少しの間が空く。「それで、具体的には……?」
「何かしようにも硬貨を入れる隙間しかないし……、接着剤を流し込むとか?」
「うわあ、えげつない発想ですねえ。経験談ですか?」
「学校の、先生の車の、キーの差込口に瞬間接着剤を流し込む不良とかいなかった?」
「いや、そんな人いませんけど」
「そう? 私が中学生の時はいたんだけど……。まあ、いない方がいいか。でも車と比べたら、貯金箱なんて可愛いもんよね。中の硬貨を盗まれる方がよっぽど痛手でしょうし、接着剤で固めるなんて、子供のイタズラレベルよ」
「あっ、弟かもしれないです。どうせ弟のイタズラだーみたいなこと言ってました」
「へえ。まあ誰でもいいけど。でもそれを聞くと一人っ子で良かったって思うわ。イタズラで私の本を破かれでもしたら耐えられないもんね」
「そうですか? あたしは微笑ましいと思いますけど。兄弟喧嘩とか、憧れませんか?」
「喧嘩に憧れるなんて、それこそ不良の発想じゃない」
「あー、叶夏ちゃん、不良とか嫌いそうですもんね」
見ると、片方の口端を上げて何故か自慢げににやつく三原。
こんな妹なら、と言いかけて、しかし調子に乗る彼女の姿を容易に想像することができたので、片塰はそれを心の内に留めておいた。


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