私の先生
占は当たりますか?

「駅前に占い師がいたんですけど、どう思いますか?」
 最近の私は、少しでも気になったこと、引っかかったことがあれば心に留めて、こうして先生にきいてみるのが日課になりつつあるみたいだ。
「占い師だって人間だよ。電車に乗ることくらいある」
「そうじゃなくて、いえ、私の言葉足らずでした。駅前で、いかにもな白い台を置いて、イスに座って、一回何百円っていう看板を地面に置いて、客を待っている占い師がいたんですけど、どう思いますか?」
「無断でやってたら違法だ」
「違法ですけど、だから、そうではなくて……」私は一度深呼吸。きっと、先生はわざとずれた返答をしているに違いない。この程度で声を荒げていては、思う壺だ。「ああいう占いって、当たるんですか?」
「それは確立の問題かな」先生の口元が微かに歪むのを、私の目ははっきりと捉えた。何か、面白いことを思いついたのだろう。期待だ。「占いに、クーリングオフは利かないからね」
「……ジョークですか?」
「事実だよ」ふふっと、先生の口から笑みが漏れる。
 それで私は、ここまでの流れも含めて、つまり、私がジョークですかと尋ねて、それに事実だよと答えるところまでが、先生のジョークだったのだと、理解するのだった。
「いわば投資だよね」
「はい」私は頷く。「本当に未来を言い当てられるのなら、透視ですよね」
「うん?」先生は首を傾けて、目を細める。そして三秒ほどの沈黙の後、「ああ、違う違う。僕が言ったトウシは、透かし見ることじゃなくて、株とかにする投資の方だよ」
「カブトガニする? 密猟ですか?」
「もしかして、クーリングオフへのささやかな仕返しかな?」
「ジョークにもクーリングオフは利かないんですよ、先生」私は嘲笑にも似た慈愛の笑みを先生へ向ける。たまには、これくらい許されるのではないか。
「わかった。僕が悪かった」先生はホールドアップ。「話を戻すけど、つまり、占いは未来がどうなるかを知るために行われるもので、占ってもらっているときは、それが本当に当たるか否かは不明なわけだ。外れている可能性だって大いにある。むしろ、その可能性の方が高いと、一般的には思われている。にもかかわらず、それなりの料金をその場で払う。宝くじみたいだよね。まあ当たらないだろうけど当たれば儲けもの、みたいなさ。いや、占いの方が、宝くじよりたちが悪いかな……」
 先生は片手を顎に持って行き、一メートル先の床を見つめるのに丁度いいくらいの角度に俯いた。もちろん、床を見つめているのではなく、何事かを考えているのだろう。
 十秒待ってから「どうしてですか?」と私は尋ねた。「どうして、占いの方がたちが悪いと思われるのですか?」
「だって、結果がはっきりしないだろう。宝くじも占いも、当たったと喜んでいる人はいるね。さて、逆はどうかな?」
「えっと……」私は先生から視線を外して、天井の隅を見る。三つの境界が交わる、その一点が、私の考えもまとめてくれそうな気がするからだ。というのは後付けで、単なる癖。「宝くじは、外れたーって言ってる人ばかりですけど……、占いは、外れたって言ってる人、見たことありません」
「うん。まあ、考えてみれば当然のことだよね。だって、未来は無限だから」
「未来は無限……」呟くように私は先生のその言葉を繰り返す。「未来は無限かあ……。未来は無限。無限の未来。いえ、やっぱり、未来は無限の方がしっくりですね。未来は無限」
「何回言うつもり? さては、君、馬鹿にしているね」
「急に詩的な表現するからです」
「忘れてるかもしれないけど、僕は先生だよ」
「知ってます」
「あそう、知ってるんだ。でも、君が生徒だということは、知らなかっただろう」
「知ってます」
「へえ。じゃあ、僕がこの学校の先生じゃないことも、当然知ってるんだね」
「えっ!」仰け反り、口が開いたまま、私は固まる。
 それは、えっと、つまり、これは、でも、だから、たぶん、そうか、先生の担当は少々特殊な分野なので、他校から来てもらっていると、そういうことだろうか。
 という思考が、一瞬で頭の中に展開される。人間の脳が持つ演算速度、恐るべし。疑問に対して、相関がありそうな情報を起こし、そこから最も可能性の高い結論を得る。この能力だけは、コンピューターに劣ることはないだろう。特に、相関がありそうな情報を分別するのは、機械には無理だ。要素が多すぎてデータにできないだろうし、仮にできたとしても、応用できないだろう。相関係数では表せない、インスピレーションというのか、勘のようなものは。
「ごめん」先生の声。「ジョークだよ。そんなに驚かれるとは思わなかった。クーリングオフを認めよう。今のは、少し性質が悪かった」
「占いと同じですね」話を戻すことで、気にしないでくださいと、暗に伝える。
「そう。占いは結果が出るのが未来であり、未来というのはつまり、生きている限り先は常に未来なわけだから、あの占いが当たるのは明日かもしれない、というのを毎日繰り返して、先延ばしになって、結局、時間が立てば忘れてしまうというわけだね」
「じゃあ、先生は、占いは当たらないと?」
「うーん、それが、そうとは言えないんだなあ。まったく当たらなければ、商売として廃れていくと思う。まあ、偶然当たった、あるいは必ず当たるようなことだけを言うみたいな小細工はあるのかもしれないけど、でも、やっぱり、もしかして、くらいの期待はあるかな。手相占いなんかは、手相をスキャンしたビッグデータを集めて分析すれば、何かしらの傾向はつかめるかもしれないけどね。水晶占いとかになるともう、原理もなにもあったものじゃないよ」
「駅前の占い師は、手相占いでしたよ」
「ふうん。じゃあ、当たるかもしれないね」
「どうでしょう。なんだか痩せてて顔に覇気がなかったし、よれよれのTシャツに縁の太い黒のメガネで、占い師の雰囲気が全く感じられない、胡散臭い占い師でしたけど」
「なかなか言うね、君」先生は苦笑い。「でも、それくらいの方が、僕はまだ信用できるなあ」
「そうですか?」
「だって、手相占いなんて、手のひらを見るだけでできるんだから、着飾ったりする必要は、まあ、商売として最低限の清潔感は欲しいけど、でも、テレビに出たりする占い師みたいに派手な服装をする意味はないよね。だから、僕は、着飾っている占い師を見ると、ああ、占いに自信がないから、少しでも他の部分で補おうとしているんだなって、そう思っちゃうよ。逆にその駅前の占い師は、占いに自信があるから、きっと、着飾ろうなんて発想にもならなかったんじゃないかな」
「うーん……、そう言われてみれば、そんな気もしますけど……。でも、派手な服を着たり、大きなお店を構えるっていうのは、占いで儲けられてるってことなので、それは、当たるから客がたくさん来るからじゃないでしょうか」
「それもそうだね」
「もう、どっちなんですか」
「じゃあ、もっと根本的なことを言ってあげよう」先生は、右手の人差指を立てて天井へ向ける。「本当に占えるのなら、自分自身も占えるわけで、それが当たるのなら、占い師なんて不安定な仕事はしないはずだ。もっと、うまい道に進むよ」
その日の帰り道。
 駅前に昨日の占い師はいなかった。
 違法だと言われて退散したのか。
 客が来ないから場所を変えたのか。
 それとも、もしかして。
 もっとうまい道に進んだのか。


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